人生は むつかしく解釈するから 分からなくなる


武者小路実篤の言葉です。
どうもこんばんは、りょーさけです。

昨日は取り乱しました。
満を持して抜栓した酒の味が鼻づまりでよく分からず非常に悲しくなったためです。


いやあ、なんか悔しかった。

いくら感覚を研ぎ澄ましても届かない。
口呼吸の音がうるさくて、なんだか情けなくて、その酒の味も香りも全然わからなくて、怒りがふつふつと湧いてきた。



だめな日ですね。

ホントだめな日です。冒頭の言葉通り難しく考えすぎです。


鼻が詰まって酒の味がわからないくらいで絶望するなんて馬鹿げてます。





単純なのですが、鼻づまりを解消する薬を飲めばいいんです。
それだけです。

それだけのことがなぜか分からなくなった、昨日の自分はなにかトチ狂っていたとしか思えない。
なぜそんな簡単なことに思い至らなかったのか、全然今となっては分かりません。



が、時にそんな感じの単純さの壁に知らずにぶち当たることがあるようです。私は。

そんなときの清涼剤として、タイトルの言葉をわすれないようにしたいものです…。
むずかしさを高尚さと取り違えるのは大学生くらいから始まる癖ではないかと思っていますが、大学生から少し年は重ねたので単純さの中に時に真実が現れることもあるということを忘れずにいたいと思います。




はい。
こんなことをわざわざ書くあたり、やっぱりどこかおかしい。

なんかおかしい。



いや、そんなふうには考えない。

疲れているんです。

だから、寝るんです。

それでいいんです。たぶん。


おやすみなさい。
思いっきりシンプルに考えることも、時に必要であることがわかりました。



良い日だ。

…たぶん。

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